俊英棋士応援棋戦解説会(2017.1.23) 参加者募集中!主催新聞社のご協力をいただき、第41期棋聖戦七番勝負第2局、話題の世界戦などの解説会を行います。参加会費は全額日本棋院に寄付します。若手俊英棋士が国際戦で活躍するために活用していただきます。 #igo #碁 #日本棋院 #ZEN #アルファ碁 #マスター#神の手

2017年01月20日 12:51

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入江先生のお好み囲碁教室です。
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堀江先生の囲碁教室です。
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川上先生の初級囲碁教室です。
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李青海七段の総合囲碁教室Ⅰです。
解説会1月23日(月)

今日は二十四節季の大寒だそうです。雪の予報が出ていましたが、こんこんと降っていました。芝生の葉は枯れていますが、その上に粉雪が積もり始めていました。もしや大雪か、と思わせるふりでした。先日も雪が舞っていたそうで、さすがに寒中前後は寒いですね。
この寒さは大事だそうで、秋の収穫にも影響があるそうです。昆虫は今冬ごもりですが、暖かい冬だと昆虫が蔓延ると聞きました。小学生の5年生でしたが、霞ケ浦の麻生町にあった県の出先機関の、たしか農業改良普及所と言ったと思いますが、ここに行って教えてもらいました。稲を駄目にするカメムシについて、「環境整理」の一環として発表しました。先生は茨城師範を卒業したばかりの新米先生でした。敗戦から立ち直る年にふさわしい先生でした。
1年生の時は4キロもある学校までが大変でした。寒くてかじかんで泣きべそをかきながら歩いていました。高学年の女のいじめっ子に泣かされていました。先生は女のI先生でした。2年生の時は女学校を卒業したほやほやのS先生でした。3年生、4年生はお寺の娘さんでN先生でした。戦争中でしたから厳しかったですね。鞭で叩かれました。防空頭巾を被って登校しました。この先生の時、家庭科で雑巾を縫う勉強がありました。針を使うのですが、まあうまく縫えなくて大変でした。布は何を持っていったらよいか、分からなくて(7人兄弟ですから、誰もかまってくれなくて、自分で探すしかなかったです)おふくろのタンスの引き出しを開けると、反物がありました、当時としては大変なものだったようですが、何しろ布を持ってくるように言われていますから、ハサミでじょきじょき切って持っていきました。N先生も驚いたようです。授業が終わって、一人だけ残されて特別に運針を教わりました。家の様子をいろいろ聞かれて、話したことを覚えています。この頃は学校ではあまり授業をしないで、軍人さんに出征した農家のお手伝いなどに駆り出されました。戦死者の葬儀が何度も学校でありました。朝礼では校長先生が教育勅語を読み、奉安殿にお参りしました。放課後は養蚕農家に行って、桑の木の皮を剝きました。剝いた皮は軍服になるということでした。皮は目方を計って、貯金通帳に書き込んでくれました。かなりたくさん積んだと思うのですが、あのお金はどうなってしまったのだろうか。この頃は毎日空襲がありました。戦争とは人間に考える余裕を与えない過酷な状況をつくってしまう。グラマンに狙われたこともありました。B29が編隊を組んで飛行場や橋に爆弾を投下しました。大人たちは総動員で、新しい飛行場の建設に駆り出されていました。松の木の根っこを掘り出して、松油を取り出して、飛行機や船の燃料にするということで、松の根が集積され山積になっていました。農家は自分のところの食料も供出させられました。都会から疎開で来ている人たちも多くなりました。霞ケ浦予科練の練習機・赤とんぼがよく墜落しました。B29に向かっていく赤とんぼもいました。相手にされませんでした。飛行場から高射砲がバンバン打ち上げられるのですが、B29には届きませんでした。グラマンも時々墜落していました。あの戦争には反対した人たちもいたのですが、非国民として扱われて、投獄され虐殺されたことは、忘れることはできません。大政翼賛会で正に軍国主義一色だった。再びそんな世の中にならないように、祈らずにはいられない。戦争は絶対に許せない。
そう思っていても、戦争に入ると、戦争反対と言えば、非国民になるのでしょう。戦争は恐ろしいですね。Kさんも言っていましたが、囲碁などを打っていると、それこそ非国民として逮捕されてしまうでしょう。
間にいろいろと入りましたが、終戦になり小学5年生になり、農産物の害虫となる昆虫について研究発表できたことは、一つの大事な出来事でした。ほやほやの教師のA先生は、銚子の灯台や水戸の電車区の見学など、意欲的でした。そうそう、一緒にドッチボールもしました。夏休みには自転車で見て回り、4キロも離れた丘の上の私の家まで回ってきました。弟の子守をしていましたが、ほっぽらかして、挨拶しようと先回りしてみたが、先生はスピードを上げていってしました。あの光景は今でも思い出します。空襲警報で逃げ回らなくてもすむ世の中はいいですね。戦争中とは大違いの世の中になりました。
先日の大学入試センター試験の時もそうでしたが、一年のうちでこの時期が一番寒いようですね。もうひと我慢です。自然に鍛えてもらっていると思えば、何かありがたいような気もします。皆さんと同じ年頃の、旧制中学に在学していた兄の友達は、学徒動員で平塚の軍事工場で働き、空襲で犠牲になりました。一億総動員で勉強どころではなかった。今の若い人たちは戦争を知らないですが、先人たちの思いを知ることも大事ではないでしょうか。歴史は繰り返すとも言われます。そんな気配も感じられます。ご用心です。
冬来たりなば春遠からじ。自然はありがたいですね。


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